
こんにちは、元ラルゴ生のNと言います。
経歴
2007年2月生まれ、神奈川県鎌倉市出身です。鎌倉市立の小・中学校を卒業後、通信制のN高等学校に進学し、今年無事に卒業しました。9月から台湾の大学に進学し、勉学に勤しんでいます。
私の母は台湾出身で、日本国内の外交機関に勤務しています。父は日本人で、法学者として研究と教育に携わっています。その背景から幼い頃から国際的な感覚や多様な価値観に囲まれて育ち、自然と異文化への関心や語学への興味が芽生えました。
私の趣味は旅行、カメラ、音楽、ロードバイク、そして読書です。新しい景色や人との出会いから刺激を受け、自分の世界を広げることが何よりも好きです。
ここまでの道のりは決して順調ではありませんでした。中学時代には体調の問題から学校に通えなくなり、「レールから外れる」という経験をしました。そのときの挫折感や不安、そして不登校を通して得た学びが、今の自分の価値観や将来の目標を形作っています。
中学での不登校経験
小学生のとき、ADHD(注意欠如多動症)と診断され、幼い頃から「僕はみんなと何かが違うのだ」という感覚を抱きながら過ごしていました。学校ではじっとしていられず、授業中に教室から飛び出すこともありました。しかし、小学校高学年になると次第に落ち着きはじめ、その頃には成績も悪くはありませんでした(小学生レベルではありますが)。
だが、中学に上がると、先輩に誘われて野球部に入り、1学期の学校生活も順調で、成績も問題ありませんでした。夏休みの終わり頃から、急に朝起きられなくなり、練習のある日に部活を休むようになりました。
夏休み明けの体育祭の日(当時リレー選抜に選ばれていました)にも寝坊してしまい、遅れて参加しました。その頃から自分の身体に違和感を覚え、病院で検査を受けた結果、「起立性調節障害」と診断されました。それ以降は、学校に行ったり行かなかったりの繰り返しが続きました。この頃から勉強にもついていけなくなり、成績はかなり下がってしまいました。中学2年生に上がり、夏休みを境に、少しずつ学校に行かなくなっていきました。正直、当時の詳しい理由はあまり覚えていませんが、「昼から学校に行く」という状況が精神的に辛かったのは今でも覚えています。
学校に通えなくなったときは、正直とても絶望していました。まるでレールを失った電車のように、どこへ向かえばいいのかわからない気持ちでした。
でも、その経験があったからこそ、学校の外に広がる「もうひとつの世界」を知ることができたと思います。僕は元々建築士になりたく、地元のいい高校に行き、そこから良い大学に行くという、どこにでもあるようなルートから逸れてしまったのはかなり絶望でした。このまま学校に行けなければ、高校、大学に行けず、ニートになるのかなと思ったときも山ほどあります。当時は通信制高校からの大学進学率も今ほど高くなく、国公立大学の進学もあまりなかったので、中学3年生になるまではほとんど視野に入ってなかったです。
その後、フリースクールに通い始め、友達もできました。そしてその時期にロードバイクを始め、外に出るようになった頃から、少し気持ちが楽になりました。
中学3年に上がった頃には、もともと地元の進学校を志望していましたが、途中でそれを諦め、通信制高校を視野に入れました。そして、最終的にN高に進学することを決めました。
通信制高校での挑戦
N高では横浜キャンパスの週3コースに通っていました。思っていた以上に友達もでき、順調な高校生活を送ることができました。1年生のとき、中国語の授業も受けており、初級レベルまでは話せるようになりました。高校1年生の終わり頃からは、ロードバイクのクラブチームに所属して活動していました。当時は、全国大会や実業団レースにも出場していました。高校3年生になると受験勉強がメインになり、途中からネットコースに変更しました。それに伴い、ロードバイクは一旦やめ、塾に通う生活へと切り替えました。
高校3年生の頃、僕は大学受験勉強に丸一日を使えたので、塾には朝から晩までいて浪人生と同じ生活ができました。ネットコースにもメンターがつきます。そのメンターがとても優しくてオンライン面談のときは、いつも進路のことに親身に耳を貸してくれました。
不登校の子は何をするべきか、個人的に。
僕は、自分の「やりたいこと」を見つけて、主体的に行動することが大切だと思っています。
最初の頃は特にやりたいこともなく、スマホを見たりゲームをしたりと、なんとなく過ごしていました。でも、それでもいいと思います。そういう時間も必要です。
そんな中で中学2年生のとき、たまたま始めたサイクリングに夢中になりました。きっかけはYouTubeでサイクリング動画を見つけて、「僕も外の空気と風にあたりながら色々なところに自転車で旅をしてみたい!」と思い、ホームセンターで2万円ぐらいの格安クロスバイクを購入し、気づけばどんどんのめり込み、中学3年生の頃には自転車レースにも出場するようになっていました。
やりたいことが見つかると今まで朝起きるのも凄く憂鬱でしたが、それも楽しみにかわり、毎朝サイクリングに行き夕方に帰ってきて、23~24時には寝るという健康的な暮らしに変わっていきました。
両親や学校にどういう風にサポートしてもらいたかったか。
まず、担任の先生は優しく話してくれる方で、その時間自体は好きでしたが、学校へ行くこと自体がとてもつらかったです。たとえ放課後であってもつらかったのを覚えています。もしあの時、オンラインで面談できるような仕組みがあったら、もっと気持ちが楽になって、よりよい関わり方ができていたかもしれません。
また、両親には「学校へ行きなさい」と無理に言われることはありませんでした。その代わり、好きなことをいろいろとやらせてもらい、その中で自転車競技にも出会うことができました。だからこそ、子ども自身が「やりたい」と言ったことを尊重して、挑戦できるように見守ってあげてほしい、というのが僕の意見です。
学びや気づき(学校に行かないことで得られたこと)学校に行ってなかったから逆に良かったこと
それは好きな時間に使えると言うことです。
僕は、学校で過ごす時間も大事だと思っていますが、それ以上に「学校の外で過ごす時間」こそが大切だと以前から感じていました。というのも、学校という空間よりも、外の世界のほうが自分の個性を出しやすいと思うからです。
僕自身、学校に行っていない分、いろいろな体験をしたり、自転車で一日中走り回ったりと、自分の好きなことに時間を使ってきました(笑)。そういった体験を通して思うのは、学校では一人一人の個性を十分に出すことが難しく、本当にやりたいことを追求しづらいということです。もちろん、土日などの休みを使ってやりたいことをすることもできますが、それだけでは足りない気がします。
今後の目標
不登校やADHD、双極性障害で勉強などに悩む子どもたちやその親御さんを支えられる人になりたいです。
僕はまだ勉強も得意ではありませんし、成績も決して良いとは言えません。 でも、この想いだけは昔から強く持っています。 だからこそ、教育心理学を学び、不登校そして通信制高校からでも努力すれば進めるということを、自分の経験を通して示していきたいです。
同じように悩む子どもたちにも合った勉強法を伝えられるような存在になりたいし、そういう家族の力になれるような社会貢献をしていきたいです。
僕は大学では、語学(英語、中国語、ドイツ語)などを勉強し、僕と同じ境遇のADHD、不登校の子どもたちに勉強法や勉強の楽しさを発信していきたいです。
それが僕の目標です。